プログラマの仕事ってなんだろう
プログラマの仕事ってなんだろう。
誰も何を作ったらいいかわからないのだ。
誰も最終的な形なんてわからないのだ。
エンドユーザもしくは上流の人が仕様や要求を固め、
プログラマはその仕様や要求をメールなど証拠の残る媒体を使い詰めていき実装する。
もちろんおかしい点は指摘するし、それでも最終的な判断はプログラマにはない。
そうしてできた結果が美味しくないのだ。
誰も食えないのだ。
でもこっちは言われたとおりのものを作りました。
証拠もメールで残ってますよ。
とやったところで、一体誰が嬉しいんだろう。
二流どまりの仕事としてはそれでいいのかもしれない。
でもそんなの楽しくないし、空しいだけ。
だからアジャイルになるしかないんだと、最近特に思う。
そして、ここらへんの話は以下のドキュメントに通じるものだし
新しいソフトウエア開発手法
ソフトウェア工学とは何か
以下のエントリなんかにも通じる話だと思う。
Life is beautiful: ソフトウェアの仕様書は料理のレシピに似ている
仙石浩明の日記: 「ソフトウェア開発」は「モノ作り」ではない
結局そうなるべきだ、という結論に至るはずなんだけど。
何故だか業界的にこれは当たり前になっていない。
何故だろう。何故かしら。
誰も何を作ったらいいかわからないのだ。
誰も最終的な形なんてわからないのだ。
エンドユーザもしくは上流の人が仕様や要求を固め、
プログラマはその仕様や要求をメールなど証拠の残る媒体を使い詰めていき実装する。
もちろんおかしい点は指摘するし、それでも最終的な判断はプログラマにはない。
そうしてできた結果が美味しくないのだ。
誰も食えないのだ。
でもこっちは言われたとおりのものを作りました。
証拠もメールで残ってますよ。
とやったところで、一体誰が嬉しいんだろう。
二流どまりの仕事としてはそれでいいのかもしれない。
でもそんなの楽しくないし、空しいだけ。
だからアジャイルになるしかないんだと、最近特に思う。
そして、ここらへんの話は以下のドキュメントに通じるものだし
新しいソフトウエア開発手法
ソフトウェア工学とは何か
以下のエントリなんかにも通じる話だと思う。
Life is beautiful: ソフトウェアの仕様書は料理のレシピに似ている
仙石浩明の日記: 「ソフトウェア開発」は「モノ作り」ではない
結局そうなるべきだ、という結論に至るはずなんだけど。
何故だか業界的にこれは当たり前になっていない。
何故だろう。何故かしら。